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出かける前の確認。行動療法頑張ってみようかな・・・。 

 行動療法。

私が今までこの行動療法というものをやってみようと試して感じたことは、

『中途半端な気持ちでは出来ない』

ということです。

もちろん、いきなり今日からやめる!
ということが出来ないから

出来ることから少しずつ・・・
というのは目に見えない進歩はあると実感しています。

しかし、ある程度までいったら
生活するのに不自由をそこまで感じなくなり、

今のままで別にいいや・・・

と感じるようにもなっているのが現状です。

しかしこのままでは

『私は強迫性障害です。』

のままですね・・・・。

だから、ここから克服への新たなスイッチを入れなければ
ずっとこのままだと思います。

今のわたしの生活で
自分の中で克服出来ない、いくつかの強迫行為があります。

その中でも、いちばん頑張れるかもしれないというものを選び
ここ数ヶ月はそのままにしていたことを
少し頑張ってみようかな・・・。と思っています。

しかしまだ自分の中で

その頑張ろうという気持ちは絶対的ではないので
きっぱりやめる!という気持ちには今のところなれないのが正直な気持ちです。

それでもあえて。

出かける前の確認を
明日から意識を変えてやってみようと思います。

今でも特に
確認が長すぎてなかなか家から出られない

というようなことはないのです。

だけど、
さくっと出かけたいのです。

身支度が出来て、あとは出かけるだけっていうときに
さて、今から確認だという時間は
2分~3分。

長い時間ではないです。

でも、前の私だったら
30秒かからないくらいのことを
その時間かけてやっている、ということです。

そこには
繰り返し同じところをみたり
指さして確認したり

という動作があります。

もうそういうのをやめたいです。

今の私の意識は

たとえば洗濯物を干して、窓を閉めます。

その窓を閉めるときに

『あとでまた確認するから』

という意識が働いています。

前の私は

洗濯物を干して窓を閉めるときが
もうその部分では完了であって

あとで・・はないわけです。

その意識を変えてみたいです。

強迫性障害って、意識することがその症状かもしれないけど
今回はあえて

1回目の動作を意識してやって
2回目をしないよう頑張ってみたいです。

でも多分・・・

2回目をみたくなるでしょう。

もう1回みなくていい?

って強迫の私が
行動療法をしようとする私に言うでしょう。

そこを

『みなくてもいい、もう出かけるからね。』

と強迫の私に言えるには

考え方としては

『どうでもいい』

もしくは

電気つけっぱでも、
水道の水が少し出ていても
暖房つけっぱでも、
冷蔵庫が少し開いていても、
ドライヤーのコンセントを抜いていなくても

それらのことを

忘れててもいいや。

と思うようにすることしか、今のわたしには思いつきません。

だから難しいのですが

挑戦したいと思っています。

少し進歩するか
やっぱり出来ないかのどちらかでしょう。

でもそれはそれでいいと思います。

今のわたしには、
やってみようという気持ちが大事だと思っています。

あと、

強迫の私と、
克服しようとする私がいるとして

強迫の私は
私にとって悪者ではありません。

私は、不安で何度も確認したいそういう強迫の自分を
抱きしめてあげたい。

心配なんだね、恐いんだね。
恐くていいんだよ。

って。

強迫性障害というとらわれの病。

それを作っているのは自分でしょう。

しかし、何かを恐くてそうなっている自分を
敵だとか悪者とか思いたくありません。

私だけは
ちゃんと守ってあげるからね・・・

と言いたい。

・・・・・・

ちょっと何言ってるかわかんない。笑

・・・・・・

でも私はこれが出来たときに
楽になれるんだと思っています。

これは、私の中の強迫に限らず
他のいろんなことへの考え方にしても
同じことが言えると思っています。

それが出来たら
もっと肩の力を抜いて過ごせるのではないかと・・・・。


ちょっと中途半端ですが
長くなったので今日はこれにて・・・。

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