スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

運転中に強迫観念にとらわれたときの私の考え方 

 昨日の記事で

最近は強迫になる前みたいに
運転することが少しずつ好きな自分に戻りつつある・・・
ということを書きました。

そしてそれも自分の考え方しかない・・・ということも。

考え方でその症状が元に戻るなら
誰も苦労しないよ

って思われるかもしれないし、

自分でもそう思ってきました。

強迫でいちばん辛い頃、

いろんな本や、ネットでの情報をみても
自分の中にすんなりと入ってくる情報は
あまりありませんでした。

『できないよ、そんなこと、だから苦労するんじゃない。』

この考え方ばかりでした。

だけど、月日は経ち・・・

少しずつの行動療法や

『今まで、そんなことできるわけないじゃない』

と思っていた人のアドバイスも

今では

なるほどなぁ・・・と思えるんです。

・・・・・・・・・・

たとえば、車を運転していて

人に近かった・・・車が人に触れてないよね?(当たってないよね?)

と思ったとします。

そして強迫性障害の強迫行為は

心配で、その現場に戻って確認して
不安を安心に変えます。

私も散々、その強迫行為はしてきました。
ほんとにあれは辛かった、今おもうと。

それが強迫というものだとは後に知りました。

そして戻らない努力をし始めた頃

現場に戻らなくても

誰かに電話して
その心配だった状況を話し、

《絶対大丈夫、当たったら絶対に気づくから》

という言葉を言ってもらって安心に変えていました。

現場に戻らなくても
人を巻き込んでいるのだから
強迫行為です。

だけど最近そういうことがほとんどなくなりました。

今までずっとずっと

当たったらわかる、
~かもしれないは絶対に当たっていない

この考えでずっときました。

理屈が通らないのも強迫性障害だと思うんですが
もう理屈でもなんでも
とにかく、自分なりに葛藤してきました。

この考えで今まできて
だいぶ前よりマシになったと言えます。

だけど、運転が好きだというレベルにはなれませんでした。

でも最近、また違う考えに変えてみたんです。

今までの考えも並行して・・・。

どういう考え方に変わった、いや、変えたかと言うと

強迫観念にとらわれたとき

自分が思っている、その心配なことが
実際に起きてしまった・・・

と考えてみるんです。

たとえば人に近かった、当たってないかな・・

と思ったとしたら

『当たってしまって、私は当て逃げをして今帰っているんだ・・・。』

と。

私の脳の一部で、こういう風に考えたとしても
別の脳の一部で、

絶対人になんか当たっていない。

そうわかっているんです。

わかっているのに心配なのが強迫性障害なんです。

だったら

最悪のことが起きたと、起きていないけど考える。

そうすると・・・

そのときは恐いです、しばらくは。

でも時間が経つと忘れるんです。

そしてこの考え方を何度も繰り返すうちに
恐い気持ちもだいぶ薄れていっているような気がします。

私はカウンセラーでもなんでもないので
あくまで私の経験での話ですが

この考え方は、強迫でいちばん辛いときにネットでみて

そんなん出来るわけないだろーが!

と、無理だとしか思えなかったことです。

だけど今、その考えが
私にはいちばん効果的というか

それしかないというか。

要は

どうでもいいや

と思うしかないってことかな・・・と。

何だか偉そうにすみません。


前はあんなに出来ないと思っていた考え方を

今できるというか、してるというか

そしてこの考えが

もしかしたら

強迫から少しずつさよならしていけるのではないか・・・と

思ってしまうので、書いてみました。

・・・・・。

そう甘くはないのかもしれませんが

思えるだけでも前進かな・・・と。^^


今日もお読み頂きありがとうございました。


↓よかったらポチで応援して下さると嬉しいです!m(_ _)m

にほんブログ村

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。