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強迫観念に対しての私の考え方の変化。 

 今日書く内容は、

私の強迫性障害は、克服はしていないけど

いちばん酷い状態のときを〈10〉としたら
今は、〈2〉くらいまで苦痛度が下がったと思うから書けることだと思います。

だから現在、強迫性障害というものに
とても苦しんでいらっしゃる方には不愉快な思いをさせてしまうかもしれません・・・。

しかし、私自身もその「とても苦しい」時期はあったからこそ
今思うことを書きたいと思います。

単刀直入に言うと

『強迫観念は恐くない。』

です。

うーん・・・ちょっと表現が難しいですが・・・。

強迫観念は、自分自身が作り上げているものです。

恐いという感情が、それを作り上げていますよね・・。

私は最初、、この病になったとき
(はっきり認識してからは3年近く経ってるかと・・早いものです・・・)

何が何だかわからず?
なんでこんなことになったのか

世の中にこんなに辛いことがあるのか

そこまで思いました・・・。

地獄・・・という文字が頭に浮かびました。

現在に至る数年の間には
実にさまざまなことがありました。

ほんと辛かった・・・。


だけど数年が経ち、克服は出来ていなくても
考えが変わってきたんです。


強迫観念=自分。

自分自身は、自分の敵ではない、
いちばんの味方だと思うんです。

私はですが・・。

だったら恐くなんてない。

いや・・・ちょっと言い方違うかな・・・

恐いけど、恐くてもいいんだよ。

うーん・・・これもちょっと何だか・・・。^^;


言いたいのは

強迫観念より恐いものはたくさんある。

それは・・・

不可抗力なこと。

いろいろありますが・・・

あえて今日の出来事で書けば

いきなり動悸がしました。

ちょっと前も動悸がして、時間にしたら
どうなんだろう・・・
10秒~15秒くらいかもしれません。

でもその時間はものすごく長く長く感じました。

去年の夏、心電図で不整脈も確認されたし
さほど心配することがないとしても
やはり動悸の瞬間は恐いです。

あの状態が1分とか続くと
苦しくて倒れるかもしれない・・・とか・・。

そしてひとりのことが多いわたしは
苦しくなっても誰にも気づいてもらえず
倒れてそのまま・・・・。

とか、

そういうことを最近、少し考えるようになりました。

要は、

明日のことはわからないってことなんです。

まぁ心電図の検査の件は、
医師が言うには、年相応の変化というか

結果からいうと、そんなに心配しなくていいってことだと思うんですけど・・・・。

何を言いたいかと言えば

~かもしれないが基本の強迫観念

強迫観念=何も起きていない

起きていないことを心配しても仕方がない。


何だか偉そうにこんなことを書いていますけど
2年ほど前の私が、今のこの自分が書いた内容を読んだら

『わかってたまるか、この苦しみを。
なってみないとわかんないんだよ』

と思うかもしれないです、自分自身だけど。

でも、『なったことあるよ。』 と言えますからね。


自分の力ではどうにもならない、
あるいはコントロール出来ない不可抗力なものは
世の中にはたくさんあると思います。

それを思うと

強迫観念なんてたいしたことない、

と・・・・
まだ克服したわけではないので
ちょっと自分に言い聞かせるような感じで恐る恐る?書いていますが^^;

・・・そう思うのは事実です。

今現在起きていないことを
強迫観念に限らず
いろいろ心配しながら過ごすのは楽しくない・・・。

実は今日の動悸もビビッてて
またいつなるかも・・・と思うと恐いです。

だけど、今起きてないなら
心配しながら時間を過ごすより
あれこれ考えず、そのときどきで過ごしていこう

って思います、
いや、思うようにしたいです。^^;

ほんとは難しいんですけど
そうでも考えないと、
この先の老いへの人生(-_-;)
やってらんないんじゃないかな・・・

と思います。


先日の心療内科のカウンセリングのときに

先生から言われました。

『だいぶ恐いという感情を自分で処理出来るようになったのかもしれないね。』

と。

ほんとにそうかもしれません。

・・・そうだといいな・・・と思います。



今日もお読み頂きありがとうございました。


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